私たちのはじめの失敗は、
「居宅介護支援事業者」については
自分で選び、変更も可能だ、ということを
知らなかったことだ。
そのため、
ほとんど何もいわない、温和なケアマネージャーさんの
いうことを信じて、少しだけしか行動しなかったのだ。
どうも、ようすがちがうな、
と感じ始めたのは、1年くらいたってからだった。
しかし、この消極的な1年めが(短期でしかない)高齢者介護生活の
方向を決めていた。
========
母は、知らないうちに介護認定を受けていたが、
要介護3であった。
デイサービスを受けようとしたらしいが、
本人がいやがった。
担当のケア・マネージャーがきまっていた。
が、
受けたサービスは
車椅子のレンタルだけであった。
月1回のケアマネの訪問は、
母本人か
介護していた父の意思で、
拒否していた。
しかし、
月々、12400円は
市からFCSに支払われていた。
何年ものあいだ。
私が知った4年前、
ケアマネに確認したら、
門前払いだった、という。
父にきくと、
何も相談にのってくれないから。と。
結局、玄関で印鑑だけおしていたことになる。
ケアマネは
6年間、母本人の状況をしらないようだった。
これは、
父のせいであった。
ボケが進んだ母をみせたくなかったのだ。
私が母のめんどうをみるようになって
ケアマネが家に入ることになったが
保険の勧誘員のように母は思った。
「親切な人やな。そやけど保険は
はいってるで」とか対応していた。
======
どうして、
家の中の危機的な状態に気づいてくれなかったのか。
毎月、訪問はしていたらしいから。
とはいっても、
私じしんが、年に1日だけしか、
両親の家にはもどらないのだから、
他人を非難できない。
しかし、
入浴や、食事などかんたんなサービスを
老老介護の状況を、
知っているなら、プロとして
何か意見なり、ほしかった。
つまり、
「ひとによる」ということだ。
市役所に相談してわかったが、
ケアマネージャーとの契約は変更可能。
私と父の思い込みは、
この老人にはこの人ときまっているのかと
信じていたからだ。
この会社を紹介してくれたのが
市役所からだったからだ。
自分で選べることを知らなかった。