監督・脚本:ホン・ウィジョン『声もなく』2020
宣伝しているときから見ようと思っていた『声もなく』.
蔓延防止等重点措置地域の映画館ではあるが,
日曜日だからかシネマートにしては
まあ入っている感じがした.
エンドロールでも立つひとがいなかったし,
後半,センチメンタルなシーンでもないのに
(入り込んで)すすり泣く人もいたくらい,
「珠玉のサスペンス」をこえている.
新人女性監督であり,脚本も自分で書いて
実際は「低予算」ということ.
素人にはたしかに金をかけたシーンはないし,
俳優の数も少ないのに,
美しい映像の中に,一つの残酷な世界が
描かれている.
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『思悼』(2015)で,若い強烈な俳優がいるなぁと
名も知らず感心した.
『バーニング』は
小説どおり,何となくという印象で,
ユ・アインひとりの内面の表出でしかなかった.
1月に『声もなく』の宣伝をみて,
どうしても見たくなった.
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この映画は
世界は偶然の連続で
流れていくんだ,という作家の思想で
構成されている.
たまたま
口がきけない,だけ.
どんな人生になるのか.
たまたま
脚が悪い,ということから
どんな仕事が舞いこみ
引き受けていくことになるのか.
どんな親のもとにうまれたのか
育てられたのか,
それとも捨てられたのか.
すべて,偶然によるのに
映画はち密に論理的に
展開させられる.
疑似家族は疑似家族でしかない.
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是枝裕和のいくつかの作品は
疑似家族を描くことで「家族」というものに
問いかけているのだが,
ホン・ウィジョンの『声もなく』は
家族というフィクションの上におおいかぶさる
社会を捉えている.
あやうく崩壊すべき家族や社会.
性愛や金銭欲や世間的な自尊心を満たすための出来事は
美しくもないのか
欲望でしかないのか
描かれはしない.
現実の世界で
生きていくことの厳しさと
人間愛のあたたかさとの間を振れて
必死にもがいているさまを描く.
それが
私たちが見失いつつある私たち自身であることを
痛烈に追及してくるのだ.
11歳の少女はどの世界にいるのか?
見ている私たちは,
事件の顛末よりも
それぞれの生き方の根本にふれる.
(気づかないうちに)
サスペンスでありながら,
すすり泣く人がでてきたのだ.
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[ユ・アイン出演映画の私的評価:すみません]
『思悼』2015, ★★★★
『アンティーク』2008,★★★
『ベテラン』2015,★★★★
『ワンドゥギ』2011,★★★
『カンチョリ』2013,★★★★
『ハッピー・ログイン』2016, ★★
『バーニング』2018,★★
『声もなく』2020,★★★★★