佐々木徹訳『荒涼館3』(岩波文庫)
英国の法律の大原則はただ一つ,
法に携わる者の儲け口を作ることである.
法の狭い曲折した道全体に,
歴然と明確に
一貫して維持される原則
は他にない.(p.219)
19世紀半ば帝国の繁栄の
ど真ん中,
国家のしくみがどれだけ
ひとびとを犠牲にしているのか,
ひとびとは理解していない.
法の大原則は
下々の者たちを犠牲にして,
法に携わる者の儲け口を
作ることである
とはっきり理解させさえすれば,
間違いなく
人々は不平を言うのを
やめるであろう.
その社会のもとに生きる人間の
ずるさと滑稽さ,はかなさ,
そしてささやかな希望を
ディケンズは語る.
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世界文学の水準は
この世界観にある.
すでに彼ら上流階級やその近辺に
いるものは,
自ら価値を作り出しているわけではない.
実働部隊にしても,
弱い貧乏人から
搾り取ることが蓄財の方法なのだ.
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『荒涼館』は,
作家が社会全体を相手に
もがいてみせている.
私たちが無関心になっている
選挙の実情についても
すでにヴィクトリア朝で
悪臭をはなちだしていた.
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もの悲しく,美しい情景の描写が
ところどころに配置されている.
この日没時,
屋敷全体は鈍い灰色の石から
壮大な黄金へと変化する.
外からは美しく見える
真っ赤に燃えるいくつかの窓を通して…
木の葉の影が戯れる彼らの顔(かんばせ)の上に
不思議な変化が現出する.(p.252)
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もう10年か20年だけでも若ければ
私は,もう一度読み返すにちがいない.