『緑豆の花』―東学党の乱

2019『緑豆の花』

(Gyao)

ドラマによって
やっと50年前に学んだはずの
東学党の乱」や「日清戦争」が
歴史として
つかめるような気になりました.

1894年=日清戦争とおぼえたことが
何の理解にもつながらなかったのが

この歴史大作によって,
朝鮮半島の人たちの「日本」に対する
拭いえない憤りの端緒に
気づかされたのです.

***
両班(貴族?)たちによって
腐敗しきった朝鮮支配層の
抑圧と搾取に
命を賭して立ち上がらなければ
ならなかった人々がいたこと.

『緑豆の花』 東学党の乱

そのころ,
日本の支配層も急激な
近代化をはかり,
朝鮮半島の植民地支配をねらいます.

『緑豆の花』 農民たちの挙兵


朝鮮の支配層・官軍は
農民の反乱を鎮圧するために
清に援軍を要請,
天津条約により
日本軍が侵攻.

***
『緑豆の花』は
この「東学党の乱」を題材にした
歴史大作です.

政治,経済,身分階級社会,
革命と戦争.

『緑豆の花』 ハン・イェリ



登場人物のそれぞれが
出自,身分によって
社会の制約から逃れることができません.

徴税人の男が
(正妻がありながら,妾でもない)
奴婢の少女を犯し
生まれたこどもが若い主人公イガン(チョ・ジョンソク).

彼が,徴税人の使い走りから成長していくわけですが,
金儲け主義の行商人のチャイン(ハン・イェリ)を愛するように
なっていく単純で屈折したラブ・ストーリー
よくできていました.

戦争と経済の関係もみごとに描いています.

***
敗北の歴史を描きながらも
ひとつひとつのシーンが
映画のように美しいのです.

『緑豆の花』

虐げられてきた民衆は
敗北することが
わかっていても
じぶんたちが死んだあとの
未来に希望をたくすのです.

『緑豆の花』官軍と日本軍にむかう,民衆

【追記】
歴史ものはたくさんみてきました.
その中で『緑豆の花』は
新しさもあって1番です.

すきな時代劇ドラマ.
(1)『緑豆の花』
(2)『チョン・ドジョン』
(3)『根の深い木』
(4)『商道』
(5)『善徳女王』
(6)『インス大妃』
(7)『朝鮮ガンマン』
(8)『花郎
(9)『風の絵師』
(10)『大王世宗』
もっとあります.


ややじぶんにあわなかったのが

・『テバク』
・『剣と花』
・『不滅の恋人』
・『魔女宝鑑』
・『ファン・ジニ
・『太王四神紀』
・『ホン・ギルドン』
・『キム・スロ

・『王は愛する』
・『スベクヒャン』

 

 

 

 

 








 

『チャンシルさんには福が多いね』じんせいとじんせ~

2019『チャンシルさんには福が多いね』

ついていた監督の急死により
プロデューサーの仕事を失った女性が
じぶん自身をみつめなおすとき.

チャンシルさんには福が多いね


40歳の自分が何をしたいのか
わからない.

***
この映画は

人生がなんであるかを
切り取ってみせてくれる.

恋愛がたいせつなのか
映画がたいせつなのか
生活がたいせつなのか.


私の生き方をみせて
誰かが
驚くわけでもなく
感動してくれるわけでもない.

チャンシルさんには福が多いね 大俳優ユン・ヨジュン

主要人物たちは
それぞれ
自分じしんをみつめ
自分のしたいことが何なのか悩み
じしんのことばをさがすように
言われる.

相手の生を否定するのではなく
じぶん自身で受け入れることを
しらずしらずに
示唆する.

チャンシルと「レスリー・チャン

熟した柿,満月,枯れそうな花,
早世した娘の部屋,レスリー・チャン

***
福が多いね
の意味が,なんとなく流布しているが
さいごまでわからないし,
さいごにわかるかもしれない.

歳をとってしまうと
何歳くらいまで
じぶんの可能性を夢見ていただろうか.

この映画は
じぶんを見捨てはしない.

チャンシルさんには福が多いね 〈いま〉のイメージ











ソン・イェジン『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』

ホ・ジノ『ラスト・プリンセス』2016

 

(Gyao)

2017年,日本公開のときは
「ラスト・プリンセス」という題のため
なんとなく見にいかなかった.

原題の『徳恵翁主』なら
いったかもしれない.

**
日本に併合された朝鮮の
「王族」であるから
ある程度は
記録があるのだろうが,
政治家・文学者よりは
資料は乏しいだろう.

小6のとき,1894, 1904, 1914

日清,日露,第一次
おぼえやすいだろう,と
教わった.

高校の日本史や世界史で
1930年日本が中国大陸に侵攻から終戦まで
ほとんど朝鮮半島のことに
思い至らなかった.

私は,うかつに生きてきた.
歴史を学んだとはいえない.

ラスト・プリンセス

1930年ころの日本における
朝鮮の王族の映画である.

日本に支配されながらも
「気品」を維持した姿を演じなければならない.

映画は
現代人がプリンセスに抱くイメージに直結する
(1930年当時に可能な)行為を
描く.

徳恵翁主役のソン・イェジン
時間の進行とともに
深めている.

ラスト・プリンセス

日本の支配が
朝鮮の近代化をすすめた,という結果論が
残っているが,
日本のアジア侵略がアジア的な
民主主義の可能性をゆがめてしまった,とも
いえる.

私たちの世代は,楽天的なユートピア
夢想してきたが,
欧米的な近代主義
もう一度点検し,
アジア的な世界もありえるかどうか
さぐりたい.




 

ヨ・ジング15歳の『ファイ 悪魔に育てられた少年』

チャン・ジュナン監督『ファイ 怪物をのみこんだ子ども』2013

(Gyao

韓国映画のおもしろさに気づいて
10年くらい.
それ以前は,海外映画の話題作のなかに
アン・ソンギのいくつかの秀作(『成功時代』『祝祭』など)があり,
国際交流会館などで,みていた.

2000年にはいってから
韓国映画もかわってきた気がした.

アン・ソンギも

『黒水仙』では
あせった感じがして
次の世代が台頭してきた.

ついでにいえば『息子のなまえで』では

映画らしさをとりもどそうとするがんこな老人にみえた.

**
2013年の映画『ファイ 悪魔に育てられた少年』は,

ヨ・ジング(15歳)が若き主役で,
脇がすばらしい俳優たち,
数年後
大俳優となるひとたちが出演している.

『ファイ 悪魔に育てられた少年』

それぞれ
個性をいかした設定であり,
監督・演出はその人物をよくみている.

『ファイ』 刑事


***

「悪魔に育てられた」という状況設定は
みょうなことに「にんげんらしさ」も
醸し出してくる.

少年と少女の恋心と
おとなの男の獣的な欲望が
どこかでつながっている.

**
『ファイ』は花木のなまえで
ありながら,
父親殺しの物語りである.

そこには〈力〉を暴力としか
表現できないおとなたちが
いる.

『ファイ』



サリンジャーのような『ライ麦畑の反逆児』

ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』2017, 米

Gyao

私たちの世代の日本人にとっては
よい映画として心に残る作品.

ライ麦畑の反逆児 サリンジャー



野崎孝の『ライ麦畑でつかまえて』の
粋な装丁と,現代的でかっこいい翻訳を
読んでしまったから
それ以降の日本人の人気小説がその亜流でしかないことが
わかってしまう世代.

作者のことはいっこうにわからなかった.
1枚の白黒写真がどこかにでていたくらいで
マスコミや都会をさけ
世捨て人のように生きているらしいことが
知らされる程度だった.

テレビの洋画番組で
『コレクター』(1965)をみて
The Catcher in the Rye』が
登場人物のカギとなっていることにおどろきもした.

***
映画『ライ麦畑の反逆児』は
ホールディンを
作り出したサリンジャーの内面に投影して
小説家の創作と孤独を描いている.

読む人間だれもが
じぶんの内にホールディンを
見出してしまった.

しかし,サリンジャー
じぶんのために書いていたのだ.

ライ麦畑の反逆児

私たちは,
作家の書くという作業が
生き延びるための唯一の手段であるとき
世界に影響をあたえた傑作がうまれることを
目撃する.

 

ドラマ・フェスティバル『不穏』

カン・ハヌル『不穏』2013

1時間強のドラマ1話を6つの分けて
Gyaoで配信していた.

コマーシャルが多く入ることになるが,
無職の高齢者にとって
無料でみれることはありがたい.

『不穏』は,今までにも
配信されていたようだが
見なかった.
短いドラマであったから
何となく後回し.

不穏

カン・ハヌルは
『ミセン』(2014)
『麗』(2016)で知って,
ミッドナイト・ランナー』(2017)で
なまえを覚えることができた.

『不穏』は2013年だから若い.
20代前半くらい.

師匠役のソン・ビョンホと
台頭に演じている,というか
ソン・ビョンホが
若い俳優たちを文字通り
師匠としてドラマを支えている.

不穏 ソン・ビョンホ

彼ら庶子は差別のない
新しい時代を求めている.

しかし,
支配層は支配層でしかなく
権力を民衆のために
使ってくれる世の中は
ありえるのだろうか.










 

 

『アガサ・クリスティー ねじれた家』

『ねじれた家』2017, 英,米

Gyao

現在,高齢者とよばれるわたしたちの世代は
江戸川乱歩から
推理小説・探偵小説がすでにあふれていて
活字と映像による横溝正史ブームで
うんざりしていた.

しかし,中年になってから

名探偵ポワロ
みたことで
推理ドラマのおもしろさと
気軽さを確認して,
金田一耕助のビデオにもどったり

片平なぎさもふくむ
古いサスペンスドラマもみまくった.


結果,
古谷一行デヴィッド・スーシェ
すごさというか仕事ぶりに
驚きもした.

**
つまり,活字がしんどかった,ともいえる.

**
アガサ・クリスティー』とはいっているので
どうしても見たくなった.

クリスティーの作品は
どうしてもイギリスの貴族なのかジェントルマンなのか
がメインになる.

主役は探偵チャールズではあるが

「ねじれた家」というわけだから
家というか屋敷じたいが
映画の中心といえる.

ねじれた家

イギリスの地方の家がいつも城のようなので
日本の多くの城が明治維新で破壊されたことが
よかったのか,へましたのか判断をまよう.

とにかく,日本では
財閥の屋敷はみることも知ることもできないので
外国のようすで
金持の生活がどんなものか
想像ができる.

**
この映画は
登場人物が
個性的に演じられていて
犯人さがしには
細心の注意と記憶でもって挑まなければ
ならない.

ねじれた家

よく見ていっても
大きな屋敷の中は
迷路のようになっている.

「ねじれた家」ということばには
作者の思い入れがこめられていて
やはり
家族の構成員どうしの関係じたいも
ねじれてしまっているのだ.

ねじれた家

映画のおもしろさの一つに
描かれている
建物の構造を想像する愉しみがあり,
この作品はじゅうぶん楽しませてくれる.